今回は2014年11月7日放送「荒川強啓 デイ・キャッチ!」内
「デイキャッチャーズ・ボイス」山田五郎さんの回を
起こしたいと思います。
荒川強啓(以下、強啓)
今日のテーマはこちらです。
片桐千晶(以下、片桐)
「略奪された名画がたどった数奇な運命」
山田五郎(以下、山田)
はい、これちょっと話題になってますよね。
11月4日かな?ドイツの雑誌で「フォークス」っていう
まぁFOCUSですね、っていうのがあるんですけども。
そこがですねミュンヘンに住んでいる80歳の男性の自宅のアパートから
ナチスが略奪したと思われて、大戦で行方不明になっていたとされていた絵画
約1,500点が発見されたと報じたわけですよね。
で、これね日本の新聞は
「ピカソやマチスやシャガールなど巨匠作品が目白押しで未発表作品も含まれていて
総額10億ユーロ(約1,300億円)以上の価値がある」みたいな
そんな話ばっかり強調してるんですけど・・
強啓
確かに、金額はガーンと出て来てますよね。
山田
金額が注目されてるんですけどね、この事件、実はけっこう奥が深くてね。
いろいろ考えさせられる事件なんですよ。
これまず、きっかけなんですけどもね。
2010年、そのミュンヘンのあるバイエルン州の税関が
スイスから多額の現金を持ち込もうとした男を取り押さえたんですよ。
それでマネーロンダリングじゃないか?とか脱税の疑いがあるってことで。
翌年の2011年に家宅捜索をしたんですよ。
そうしたら薄暗い物置のような部屋にこの1,500点近い
絵画が隠されていたのを発見したわけです。
つまり、見つかったのは2年前なんですよ!
ところがこれを国税当局は、今回「フォークス」って雑誌がスッパ抜くまで
その事実を隠していたのみならず、全ての絵画を押収してもいなかったんですよ。
強啓
なんで?
山田
でその結果、この2年間で少なくとも1点以上の絵画が
オークションで売られてしまっているんですよ。
強啓
え?押さえたのに!
山田
まあ見つけたんだけど、押収しきってなかったんですよ。
で、売られちゃって。
扱ったオークション会社は「うちは売りました」って名乗り出てるのは
ケルンの「レンペルツ」っていう会社だけなんですけども。
そこはね、
「国税が2年前の時点で事件を公表してくれていれば、こういう取引は成立していなかった」
って言ってるんですよね。
なんでそんな2年も隠してたんだ?っていうことで
国税当局は、発表すると元の所有者って名乗る人が殺到して
収拾がつかなくなるので
それぞれ1点1点ちゃんとどういうあれで来たのか?調査が終了してから
公表しようとしたんだって言って弁解してるんですよ。
だからこのニュース、ドイツ国内ではここが主なポイントなんですよ。
国税がなぜ事実を隠蔽してたんだ?っていう
ここが問題になってるっていうことなんですよね。
それからもう1つ、この事件がドイツ国内で注目を集めている
もう1つの理由があるんですけど。
実はこの絵画を隠し持っていた男性、この人のお父さん。
これ非常に有名な人だったんですよ。
日本の新聞だと単に「ナチスの高官と親しかった画商」
くらいにしか報じられていないんですけども
そんな生易しい人じゃないんですよ。
この人のお父さんはヒルデブラント・グルリットっていう人で
この人はね、ナチス政権下で非常に悪名高かった「退廃芸術没収委員」
っていうのをやっていた4人の人のうちの1人なんですよ。
強啓
なんですか?その「退廃芸術没収委員」って。
山田
この「退廃芸術」ドイツ語で「Entartete Kunst」って言って
「退廃芸術」と言うよりも要するに「程度の低い芸術」っていう意味なんですよね。
「退化した芸術」みたいな意味なんですけど
以前この「ボイス」のコーナーでお話ししたこともあるんですけども
ヒトラーという人はもともと画家だったわけですよ。
だけど時代遅れの絵葉書みたいな普通の写実的な風景画を描いてる人で
まあ売れなかったわけですよね。
で、ウィーンで売れない画家をやっていた。
そのときに自分が評価されないのは、ユダヤ人が多い画商が見る目がないのと
それから「現代美術」ブームの中で自分が古臭いって言われちゃうのがいけないんだ
ということで、そこでユダヤ人と現代美術をものすごい逆恨みしてたわけですよ。
それで自分が権力を握った後、ユダヤ人から絵画を略奪したり
またその一方で現代美術って抽象画とかね、訳のわからない絵を描くと。
「あれは脳の病気だ」と。
脳の病気が生んだ「退廃芸術」だという決めつけをして
「こんなもの見とったら、ドイツ国民はバカになっちゃう」ということで
現代美術の作品を全部没収して、没取するだけじゃ気が済まなくて
見せしめのために「退廃芸術展」っていう展覧会を開いて
「これは駄目な芸術です!」って言って
で、横で「大ドイツ芸術展」っていう
「こういうのが良い芸術です」っていう自分が好きな芸術をやるのを開いたんですけども
それを65都市巡回して、さらし者にしたわけですよ。
それでドイツ表現主義で有名な画家のキルヒナーっていう人は
それを苦にして自殺しちゃったっていうことがあった。
まあそんなことがあったんですよね。
このときに現代美術の作品を没収してこいというのを
ナチスの宣伝相のゲッベルスに命じられたのがこの今回捕まった人のお父さんの
ヒルデブラント・グルリットをはじめとする4人の委員だったんですよ。
だからボッシュートくんの担当なんですよ。
なんですけどね、ちなみにナチス政権内でもそんなに現代美術を目の敵にして
燃やしてしまえ!って言っていたのはヒトラーだけぐらいで
他の高官たちはもっと冷静だったんですよね。
で、ゲッベルスはこの人たちを集めて「退廃芸術」を集めさせて
でもそれは普通にけっこう人気のある作品でしょ?
これ海外で売って、外貨を獲得しろと
そういうふうに命じてたんですよね。
一方、空軍大臣のヘルマン・ゲーリングっているでしょ?
ゲーリングは実は美術がすごい好きな人で自分が作品を欲しいものだから
自分のコレクションを充実させるためにこの「退廃芸術没収委員」の
特にグルリットに頼んで「ちょっとお前良い作品あったら持ってこいよ!」みたいな(笑)
片桐
横流ししてた!
山田
っていうことをやってたりもしてたわけなんですよ。
強啓
ということは、けっこうキチンと保存してたっていうことなの?
山田
まあ結果そうなんですけど、だからこの話を考えると
グルリットたちが没収した「退廃芸術」っていうのは、
ヒトラーの燃やされるか、ゲッベルスの指示通りに海外で売られるか
それからゲーリングみたいな美術好きの高官に横流しされて
個人コレクションに入るか、あるいは戦争、第2次世界大戦のときの空襲で
焼けてるか、このどれかのはずじゃないですか?
ところがそれが何故、1人の委員ヒルデブラント・グルリットという個人のところに
1,500点も残されていたのか?しかも何故その後連合軍が入ってきて
ナチスが略奪した美術品をいっぱい探したわけですよ。
あのザルツブルクの塩の鉱山に隠してあったやつとか
みんな見つけたわけですよ。
これが60年もの間見つからなかった。
なぜか?っていうことなんです。
だからドイツ国内ではこのミステリーもちょっと話題になってるわけですよ。
どうしてこの人が1,500点も持ってられたのか?っていうね。
強啓
しかも保存状態も良かったんでしょ?
山田
その保存状態のいい話は最後にしたいんですよ。
強啓
あ、ごめんなさいね。
片桐
しばし、お待ちを(笑)
山田
こっから先は完全にこの私の個人的な想像なんですけど
これもしかしたらこのグルリットっていう人は
「退廃芸術」作品をナチスから守ろうとしたんじゃないか?っていう
というのも、このヒルデブラント・グルリットっていう人は
もともとは現代美術を人一倍応援してた人なんですよ。
この人は有名なお家の出身でこの人のお父さんも
ドレスデンの工科大学の学長も務めた建築家で美術史の研究家なのね。
で、お母さんも音楽家でお兄さんも音楽の歴史学者っていう
もう芸術一家の生え抜きなんですよね。
この人自身も大学で美術を勉強して
卒業した後ドレスデンの近くのツヴィッカウっていう街で
アルベルト美術館の学芸員をしてたんですよ。
このときにマックス・ペヒシュタインとかケーテ・コルヴィッツとか
エミール・ノルデっていうドイツの表現主義・・
新しいその表現、現代美術の作家たちがいるんですけども
その若いアーティストをすごく応援して何度も展覧会を開いてるんですよ。
あまりにも若い現代美術の肩入れし過ぎて、保守派の学芸員たちから突き上げくらって
クビになってるっていうくらい反骨精神のある人なんですよ。
その後、ハンブルクに移って今度は画商に、アート・ディーラーになって
それでもずっと現代美術家たちをサポートしてきた人なんですよね。
そういう人が単純にその現代美術を焼き払おうとしたとは考えにくいんですよ。
だからもしかすると、これは僕の想像ですけども。
どのみちナチスには逆らえないわけじゃないですか?
だとしたら、みすみす作品を焼かれしまうよりも
たとえ自分が裏切り者の汚名を着ても自分のナチスの高官と上手いこと渡り合って
作品が海外に流出したり焼かれちゃったりするのを防ごうとしたんじゃないかな?と
強啓
そう思えますね。
山田
なんかそんな想像も出来るような。
片桐
そう思うと、ちょっと見方が変わってきますね。
山田
ここで先ほどから強啓さんがおっしゃってる・・
この1,500点ね、ドイツ国税当局によるとね
「極めて良い保存状態」
強啓
極めて!!
山田
光をあてないようにしてちゃんとキチンと保存
物置小屋、ゴミ溜めみたいなところにね置かれていたっていう報道もあるんですけども
それはある意味、光をちゃんと遮断して、多分湿気とかも管理して・・
極めて良い保存状態、しかも今までどこにも発表されてないような
作品がけっこういっぱいあるから、資料的な価値が極めて高い状態であったんですよね。
片桐
やっぱり保存しようと思ってしてたって考えたくなりますね。
山田
それで連合軍がやっぱり調査に来たんですって。
その時はドレスデンの空襲で焼けたって・・
強啓
ウソついた?
山田
ウソついてたんですけど、
それもだから連合軍に没収されちゃうよりもドイツ国内に残しておきたかったっていう
のがあったんじゃないかな?っていう想像も出来るんですよね。
強啓
はー、そういうもの凄い大変な状況の中でも
そうした「美」というものを芸術というものを守ろう!という意識を
そこで働くっていうのはすごいね。
山田
もしかしたらよ。
ただもうそのためにその人はすごい裏切り者っていう汚名を着たわけですよ。
今まで現代美術を応援してたのにね、いきなり弾圧する側に回ったつって。
片桐
外から見たら悪者になりますけど、もしかしたら?
山田
結果残ったわけですよ、結果焼けずに残った。たぶん息子もね、ちまちま売ってるんですよ。
ものすごくちまちま売ってるんですよ、生活がもうギリになったときに。
だからやっぱり親父から「これはお前が守れ」って言われてたんじゃないかな?って
強啓
あのでもね、略奪されたものを売ったって言っても
取り戻せたりしないの?
山田
するケースもあるんですけど、これね元の所有者が自分がもともと持ってたのを
証明しなきゃいけなかったですね。
だから、それを巡っての裁判ってめちゃくちゃ多いんですよ、ヨーロッパ。
それ専門の弁護士がいるぐらいなんです。
で、けっこうそれがどういう状況で売り手の渡ったかにもよるわけで
売り手側が経緯を知らなくて善意の第三者だった場合はどうなるのか?みたいなことが
いろいろ絡んできて
多くの場合は元の所有者とそれを売ったときに持ってた人と
それから売った業者とが大体分け合うっていう、それで話がつくっていう。
売上金額をそれぞれ納得いく配分で分け合うということで和解するケースがほとんどですね。
そこで揉めても誰も得しないっていうことで
持って行かれた方としてはもともと無かったものだと諦めてたものが
なんぼか入ってきたら、そっちの方が良いしみたいなことで。
そういうことで折り合いが付くケースがほとんどなんですよ。
それがややこしいから、確かに国税当局の由来が1点1点はっきりするまで
公表すると騒ぎになるから発表しなかったっていうのも一理あるんですよ。
この裁判、すごく多いんですよ。元の所有者ナチスの略奪絵画を巡っての。
本当の所有者ばっかりが名乗り出るわけでもないわけですし。
強啓
あとの千いくらっていう作品はどういう運命を辿るんでしょうね?
山田
これからだからちゃんと大急ぎで調査して全部由来をはっきりしていって
入るものは美術館に入る、国が押さえるものは国が押さえて美術館に入れてく
所有者が分かったものは返すっていう形になってくと思いますけどね。
強啓
更に続報を知りたいね。
山田
まだ出てくる可能性があるんですよ。
この男ね、ザルツブルクにも家があったらしいんですよ。
そこにもなんかある可能性が。
強啓
調べよう!そこ!!
(了)
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